2020年5月13日水曜日

木之本地蔵院秘佛 特別拝覧展

 13日(水)、木之本にドライブに出かけ、木之本地蔵院の秘佛展 特別拝覧展を見てきました。1300年の歴史を感じることができる、御本尊地蔵菩薩にゆかりのある仏像や仏像画、仏様などを拝覧することができました。
 この地蔵院の蛙は片方の眼をつむっていると言われています。それは、世の中から眼の病気がなくなるようにと願をかけている姿だそうです。ひとつ購入して、名前と数え年を書いて、お祀りしてきました。また、新型コロナウィルスが早く収まりますようにとお願いしてきました。車で行って、地蔵院だけ見てきたので、大丈夫かなあと思いますが、帰ったら、手洗いと洗顔を行いました。










 ※左の眼をつむっています。こちらからは見えませんが。





2020年5月11日月曜日

【今週のオオキンレイカ】

 今週のオオキンレイカ。少しずつ密集度が増えているようです。
今頃になって、発芽するものもあるので、もうしばらくこのまま
にして、植え替え時期を決めたいと思います。


 ※自分が写り込んでしまいまいた。


 新型コロナ拡大防止の措置として、外出を控えているので、
特に書くことが少なくて困ります。
 なにか生活に変化をと思い、川見風月堂の和菓子を食べました。
丹波栗十三里、丹波栗のブランデーケーキ、柏餅などです。十三里
は、丹波栗とそうでないものがありますが、はやり何といっても、
丹波栗の方が断言美味しいです。ちなみに、「仏蘭西焼菓子調進所
安立音衛門」さんの「栗のテリーヌ」を注文しました。とりあえず、
お手頃の方です。美味しければ、いい方を注文しようかなあ。外出
があまりできないので、お取り寄せがいいです。
 なんというか、丹波栗は奥が深いと感じています。

 ※ 商品は今週の土曜日に届く予定ですので、ホーム
  ページの写真を使わせていただきました。

2020年5月8日金曜日

ANKER

【今日の本】
「ANKER 爆発的成長を続ける新時代のメーカー」松村太郎:著 マイナビ出版:刊

 「ANKER」というメーカーは、最近とても気になるメーカーでした。例えば、毎日のように活用しているUSBポートが6つある充電器が「ANKER」製であります。さらに、昨年購入したモバイルスピーカー「SOUNDCORE2」も「ANKER」製です。BOSE製のスピーカーがうまくつながらずに困っていたときにアマゾンで見つけたものです。確か5,000円程度だったと思いますが、その割には音も悪くなく、すぐにつながるので、ほとんどこればかり使っています。バッテリーの持ちもいいです。というわけで、はじめにも書いたように大変気になっていた会社の本が出たというので、即購入し、読んでみました。この会社が急成長しているわけが詰まっていました。気になってところを紹介します。


「純正で安心できる100ドルの交換バッテリーか、ノーブランドで信頼性の低い20ドルの交換バッテリーか?」という二者択一の選択肢しなかいところに、40ドルほどの価格でブランド力があり、純正と同じ高品質で信頼性のある製品を販売すれば、消費者はこれを選択するのではないか。」
 この40ドルで高品質な製品作りこそが「ANKER」のものづくりの基本である。最高の部材や素材を用いて、優れたデザインをもつ製品を作り続けること、マーケットのニーズに適切に応えることを重視しています。 
 そして、もう一つの「ANKER」の成功の秘訣は、「販売チャンネルをアマゾンに一本化したこと」そして、「アマゾンで顧客の評価1位をめざしたこと」にあります。
 さらに、「ファブレスモデル」や「直営チャンネルをもつこと」など、アップルに代表される成功している事業モデルを採用したことがあげられる。
 「ANKER」は、カスタマーズサポートは、クレーム処理ではなく、改善に取り組むチャンスだという。成長する企業の秘訣をみたように思います。
 次は、モバイルバッテリーを購入しようかなあ。

2020年5月5日火曜日

今週のオオキンレイカ

【今週のオオキンレイカ】

 本葉が少しずつ出始めました。これを見ると、オオキンレイカだとわかります。植え方がまずくて、一カ所にたくさん出ているのがまずいです。経験上、うまくわけることはむずかしいです。もうしばらく植え替えは無理かなあ?
 マクロレンズを使っているのですが、三脚を使ってないので、ブレが目立ちます。



2020年5月4日月曜日

宝慶寺

【修行の寺 宝慶寺】
 大野市にある宝慶寺を訪ねました。「日本曹洞第二道場」と言われ、永平寺につぐ道場として、主に東海近畿地方の修行僧が修行に励んでおられ寺である。
 開山は、宗の禅僧寂円禅師。永平寺の開祖道元を慕って来日した、いうなれば一番弟子である。道元亡き後、二代目を継ぐところかと思いますが、道元亡き後、永平寺を離れ、宝慶寺を開きました。今現在、七名ほどの修行僧がおられるらしく御朱印をお願いしたら、修行僧の方が書いてくださいました。昔は村もあり、学校もあったようですが、今は住む人もなく、寺だけが残っているそうですが、そのためか山深くの修行寺という印象のなかなか雰囲気のあるお寺でした。
 余談ですが、托鉢の修行はコロナウィルスの関係からできないそうです。また、逆に、大きな寺院に観光に行けないので、こちらの寺に来る方がふえているそうです。
 今回の写真は、X−T2 ACROSフィルムシュミュレーションモード、白黒で撮影しました。







 織田家とも関係が深いようです。

 寂円禅師の像。


2020年5月3日日曜日

宿無し弘文

【今日の本】
「スティーブ・ジョブズの禅僧 宿無し弘文」柳田由紀子:著 集英社:刊

 ジョブズが亡くなり、たくさんの伝記や功績を書いた本がたくさん出版されました。そのなかで、そのジョブズが師と仰いだ僧侶「乙川弘文」氏についてふれられており、注目していましたが、氏について、くわしく書いてある本がなく、もう少し詳しくその実像を知りたいと思っていました。そんなとき、この本が出版されたので、即購入しました。作者は柳田由紀子さんということで、以前読んだ「ゼン・オブ・スティーブ・ジョブズ」の翻訳を担当された方だったので、さらに興味が増しました。
 一読した感想ですが、大変内容のある本でした。乙川弘文氏の足跡をアメリカ、ヨーロッパ、そして日本と自ら辿り、きちんと関係者からの取材を重ね、まるでドキュメンタリー映画を見るような内容の濃さでした。乙川弘文氏は、ここまで作者の心を虜にしたのでしょう。作者の追究により、乙川弘文氏について詳しく知ることができました。感謝、感謝であります。


 しかし、読めば読むほど、乙川弘文氏がわからなくなります。インタビューする人によって全く印象が違うのです。それらをあげてみると、「放浪癖」、「風来坊」、「無頓着」、「不道徳」、「日頃は良寛、女に関しては一休」などとさまざま。また、「釈迦の心をひたむきに学び、真実に生きた人」と言われるかと思えば、「お坊さんとして認めることはできない」という方もある。
 ジョブズとの関係で言うと、結婚式を乙川弘文氏が式師として執り行ったことは有名であり、NEXT社の宗教顧問であったことも有名。ジョブズやアップルの製品に強い影響を与えていると言われている。先ほどの個人の評価のところでも感じたが、この2人の関係については、ジョブズの功績などから、あまりに大袈裟に語ると本質が見えない気がする。要は2人は気があった、ウマがあったということだけじゃないのかとも思う。ジョブズの生き方やアップル製品に禅の影響が大きいというのも結果論ではあろうか、本当のところそんなに関係ないのではないだろうか。実際、ジョブズが禅をとことん突き詰めたのかどうかも。禅というよりも、とにかく「乙川弘文」氏なのではなかったか。新しいアップル社の社屋が円形であることと「円を描くように呼吸してごらん」といった禅の言葉も結果として重なっているだけだと思えたりする。禅というものを過大評価する人たちは、どうも、そういうことを言いやすい。余談ですが、釈宗演の話のなかにも、ジョブズがよく登場するが、どうしても違和感を感じてしまう。いかにも禅の影響を受けているといいがちだが、禅の影響も受けているというくらいでしょう。事大主義的な傾向があるように感じる。
 つまり、禅との関係よりも「乙川弘文」氏との関係が重要であるように思う。書体への情熱も弘文氏の書道からきているのかも知れない。直感を大事にするところなども。ある種、正反対であったから引き合ったのかも知れない。そう考えると、弘文氏については、もっともっと知りたいと思ってしまう。もし鈴木俊隆氏にこわれてアメリカに行かなかったら曹洞宗において、かなりの地位を与えられていたかも知れない。
 でも、あんまり個人をカリスマ化しないことが重要なんだとも思う。2人の出会いがものすごいドラマをつくったから仕方がないかも知れないが、一人一人がすごいのではなくて、この関係がよかったんでしょう。個々に見ると、人間くささや欠点が目立ってしまう。でも、それは当たり前。個々を神格化しないということかな。美しい曲をつくる作曲家が必ずしも美しい心をもっているとは限らないですしね。このあたりが、この本で再確認したことかな。だから、逆に、人間くさい部分をもっともっと知りたいと思ってしまう。とにかく、この本はすごい。

2020年5月1日金曜日

高浜町史 資料編 古文書

 30日(木)夕方、「高浜町史 資料編 古文書」を購入しました。絵図・書画・絵葉書・古写真についで2冊目です。町史というと、資料と文章でまとめるものが一般的で、多分、そういうものとして編集が始まったと理解しているのですが、なかなかうまく進まにこういう形に落ち着いているものと勝手に理解しています。ちなみに、これまでのものは「高浜町誌」でした。今後は、歴史としての価値があるものをめざしているのでしょう。 
 しかし、このように、絵図や古文書等をそのまま見ることができるというのもいいものです。まあ、絵図等ほど、気楽には見られませんが。なにしろ読まないといけないので。でも、現代語に訳していても結構むずかしいので。しかし、これまでに見たことのある資料のあり、それらから順に少しずつでも読んでいきたいと思います。いつになることやら?退職後の楽しみのひとつになりました。