2026年3月17日火曜日

オオキンレイカ2026

 今週に入り、いい天気が続いたので、オオキンレイカまわりの除草と枯れた葉を切って剪定?しました。今年もたくさんの芽が出てきました。小さい草は残っていますが。

 ということで、2026年のオオキンレイカの記録、始めます!



横から撮ると、伸びている様子がよくわかる。


別のところの苗。ぽつりぽつりと芽が出始めた。



ポットの苗は根が伸びて、持ち上げると根を傷めてしまう。
早く植え替えねば。




2026年3月12日木曜日

ブランデンブルク協奏曲

 2026年3月11日(水)滋賀県立芸術劇場 びわ湖ホール小ホールにて、「京都バロック室内合奏団」による「ブランデンブルク協奏曲全曲演奏会」に参加。

 バッハ不滅の名曲であるブランデンブルク後奏曲を、しかも6曲全曲聴くことができるというとても贅沢なコンサート。休憩を挟んで約2時間30分の演奏会であった。

 演奏された曲順に簡単に感想を書くと。

「第1番」…ピッコロバイオリン、初めて知りました。
「第4番」…バイオリンとビオラのみなさんの技巧的な演奏が素晴らしい。
「第3番」…全員の個人技と共に、合奏の素晴らしさが印象に残る。
「第5番」…もっとも有名な曲。フルートとチェンバロが素晴らしい。32分音符の連続。
「第6番」…ヴィオラが素晴らしい。
「第2番」…トランペットの演奏が素晴らしい。

 もともと「協奏曲」というものは、高度で華麗な技術を追究したものが多いと思いますが、「ブランデンブルク協奏曲」はそのなかでも代表といえます。バッハは最高です。いいです。


         よく見るバッハ氏の写真。ネットから拝借しました。

 

2026年3月7日土曜日

宮古島 十六日祭(ジュウルクニチー)

十六日祭(ジュウルクニチー)

 宮古島に滞在中の3月4日、十六日祭(ジュウルクニチー)の日でした。


           このような大きな墓が島のあちこちにありました。
           入口は西向きだそうです。
           イラストは、インターネットから拝借しました。

 この行事は、毎年旧暦1月16日に沖縄で行われる行事で、先祖を供養する「あの世の正月(グソーの正月)」だそうです。今年、2026年は、3月4日だっそうです。特に、宮古・八重山地域で盛んで、家族や親族が墓前に集まり、お供え物をした後に料理や酒を楽しみ、ウチカビ(あの世のお金)を焼いて先祖を送るそうです。

 この日は、学校も午後は休みとなり、家族全員でお参りするらしく、移動するバスの中から頻繁に見ることができました。料理は、家庭によって違うらしく、我が家では「チョコパイ」を最後に食べるという人もいました。

 とても、いい風習だなあと感じました。

2026年3月6日金曜日

宮古諸島 5島めぐり

 3月2日(月)〜3月5日(木)、宮古諸島 5島めぐりに参加。

 宮古島は、沖縄本島から南西へ約300kmに位置し、宮古島、伊良部島、多良間島など大小8つの有人島があります。島は、隆起サンゴ礁の石灰岩でできていて、山や川がなく、土砂が海に流れ込むことがなく、海は透明で美しく、珊瑚や熱帯魚が多く生息しています。

「んみゃーち美ぎ島宮古島」「ようこそ」という意味?「ん」から始まる発音。

  宮古島の自然や風景などを写真で紹介する。

   ※写真の整理の都合で、さかのぼった公開日です。

東平安名岬


灯台から見た海



地下ダム資料館

恋人たちの鐘


ハート型の岩


通り池

    

イムギャーマリンガーデン




島尻のマングローブ林




渡口の浜?








青い海、白い砂、すばらしい

宮古神社(国内最南端の神社)



海軍地下壕



私たちには「季節外れの花たち」




沖縄らしい花

  

2026年2月23日月曜日

生美天満宮、薗部城跡

 2月23日(月)南丹市園部町にある「生見天満宮」と「薗部城跡(薗部高校)」を訪ねた。「生見天満宮」は、全国に約一万二千社ある天満宮の中で唯一、御祭神である菅原道真公を在世中からお祀りした神社であり、そこから生見(いきみ)と称する日本最古の天満宮である。901年、道真公が太宰府に左遷される際に、八男の慶能君をかくまい育てるように頼まれた武部源蔵氏が最初の宮司だそうである。ちなみに、来年、菅原道真公1125年記念大祭が行われるようだ。



拝殿。現在、本殿は改修中。




神楽殿。






「使いの牛」



境内には、たくさんの梅が植えられている。
上の梅は「薗部町花」に指定されている。


次は、薗部城跡かと思いきや「国際交流会館」でした。
隣に、資料館があったが、本日は休館日でした。


こちらが薗部城の一部か?隣の薗部高等学校、附属中学校の敷地内にある。


薗部城址は、日本最後の城とも言われる。明治2年の完成である。





薗部高校の生徒は、この門を通って登校する。まるで、登城?