【藤井 虎山】
掛け軸調べ3。今回は、色紙です。これは、簡単に調べることができました。
藤井虎山氏。広島県、臨済宗「仏通寺派」管長さんでした。明治34年生まれ、雲水や信徒の指導に奔走し、各地の大学や団体の講師として禅普及に当たられた方でした。
ネットで調べましたが、オークションなどにたくさんの作品がでまわっているようです。名前の書き方がほとんど同じなのですぐにわかりました。
2020年6月4日木曜日
コオロギせんべい
2020年6月1日月曜日
洞昌寺の関 清拙さん
2020年5月31日日曜日
明智光秀を巡る旅 興禅寺
明智光秀を巡る旅として、今回は丹波市の興禅寺と兵主神社を訪ねました。はじめは、黒井城跡〜興善寺〜兵主神社の予定でしたが、あいにくの雨のため黒井城跡は中止にしました。黒井城は、丹波平定のために明智光秀が落とした城で、その後、家臣の斎藤利三が入った城です。その斉藤利三が屋敷としていたのが興善寺であり、春日局はここで生まれたとされています。兵主神社は、その近くにある神社で、非常に歴史のある神社です。
黒井城跡は、是非秋頃に再チャレンジしてみます。
2020年5月30日土曜日
今週のオオキンレイカ
2020年5月29日金曜日
掛け軸調べ2
【掛け軸調べ2】
正確には、額調べです。仏間に飾ってある額について調べてみました。青という字と峨(峨)という文字を手がかりに調べていくと、「関 精拙(せき せいせつ)」というお坊さんであることがわかりました(多分)。
氏は、1877(明治10)年〜1945(昭和20)年、明治から昭和にかけての臨済宗の禅僧でした。室号は青峨室。別に青峨とあったので間違えはないかと思います。臨済宗天龍寺派第七代管長だった人です。正法寺の楽々北隠和尚について修学。北隠和尚は曹源寺の儀山善来のもとで修行した方で、妙心寺の越渓守謙や相国寺の荻野独園らと同参であったそうです。儀山氏はおおい町(大島)出身、越渓氏は高浜町出身、荻野独園氏は、先日の掛け軸調べで紹介した方です。いろいろつながってくるものですね。

正確には、額調べです。仏間に飾ってある額について調べてみました。青という字と峨(峨)という文字を手がかりに調べていくと、「関 精拙(せき せいせつ)」というお坊さんであることがわかりました(多分)。
氏は、1877(明治10)年〜1945(昭和20)年、明治から昭和にかけての臨済宗の禅僧でした。室号は青峨室。別に青峨とあったので間違えはないかと思います。臨済宗天龍寺派第七代管長だった人です。正法寺の楽々北隠和尚について修学。北隠和尚は曹源寺の儀山善来のもとで修行した方で、妙心寺の越渓守謙や相国寺の荻野独園らと同参であったそうです。儀山氏はおおい町(大島)出身、越渓氏は高浜町出身、荻野独園氏は、先日の掛け軸調べで紹介した方です。いろいろつながってくるものですね。
2020年5月28日木曜日
「このほん よんでくれ」、私はネコが嫌いだ。」
【今日の本】
久しぶりに絵本を購入しました。教育書を処分している一方で、絵本だけは捨てられずに、飽きもせずに購入してしまっています。「このほん よんでくれ」ベネディクト カルボネリ:著 ほむらひろし:訳
ある日、お父さんが落とした絵本を拾ったオオカミは、話の続きが知りたいのですが、オオカミは字が読めません。そんな願いを叶えてくれたのは、ウサギでした。でも、「オオカミが、自分で本を読めるようになったら、ぼくはいらなくなって、食べられちゃうのではないか」とウサギは不安になります。オオカミが悪者にならない、あったかい話なので、低学年までくらいに読み聞かせるといいかなあ。

「私はネコが嫌いだ。」よこただいすけ:作・絵
口下手で、ぶっきらぼうだけど、実は優しいおとうさん。ネコは嫌いと言っているけれど、本心は違うことをネコは、よくわかっています。そんな、大切なネコも日に日に年老いていき、やがて最後の時を迎えます。最期のページの絵を見ると、お父さんの悲しい気持ちが伝わります。挿絵が力強くて印象的です。

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