2022年11月7日月曜日

「満州唱歌よ、もう一度」

 【今日の1冊】

「満州唱歌よ、もう一度」 喜多由浩:著 産経新聞社:刊


 「まちぼうけ」や「ペチカ」が満州唱歌であったことをはじめて知りました。そのあたりのことを詳しく知りたくて、この本を購入しました。CD付きであることも、購入の決め手になりました。

 これらの曲は、満州に住む日本人のために作られたものが、後に日本で歌われるようになったものでした。満州唱歌は、初期には、北原白秋や山田耕筰、野口雨情などといった日本(内地)の巨匠が作っていましたが、のちに園山民平などの満州在住の音楽家がつくるようになったそうです。「ふるさと」などの歌詞は満州に住んでいる子どもたちには景色が思いつかないものばかりだったのです。また、北原白秋や山田耕筰らは、満州の情報を集めて作っていましたが、それでも満州に生まれ育った子どもたちの実感とはかけ離れたものだったのでしょう。「わたしたち」などは、多くの満州の子供達に口ずさまれたそうです。

 当時の満州では、南満州鉄道が主体となって教育を行っていたこと、また、大連音楽学院など当時の満州の音楽教育のレベルが高く、さらに、自由闊達な雰囲気があったことが背景にあったと思われます。当時の李香蘭の映画などをみても、あらゆる面で、満鉄の影響力は大きかったことが伺えます。

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