2024年9月24日火曜日

今日の1冊

『今日の1冊』

 「夜よさよなら 電子書籍版」手塚治虫:作・絵 手塚プロダクション


 手塚治虫さんが、宮澤賢治の作品を漫画化したものがあると聞いて、Kindle版を購入し、読んでみた。

 手塚治虫さんが宮澤賢治の作品を漫画するとなると、例えば「銀河鉄道の夜」や「セロ弾きのゴーシュ」、「風の又三郎」や「注文の多い料理店」などを思い浮かべたのですが、なんと「やまなし」でした。内容もさることながら、2枚の「幻燈」とよんだ視覚的な世界をどんなふうに描くのか興味をもって読んでみると、かなり凝った方法で描かれていた。ちなみに、このマンガ本には、「やまなし」以外に7つの漫画が掲載されている。


 「やまなし」は、上の段と下の段とそれぞれ別の話が進行する。このあたりは、「5月」と「12月」の対比という原作の手法を取り入れている感じがする。上の段は、公民館で子どもたちが劇を上演している様子である。セリフも原作と同じ。下の段は、その公民館や村を舞台に繰り広げられる物語になっている。しかも、その話が「やまなし」の展開に似ているところが面白い。マンガには、「上の段をおしまいのページまで読んでから下の段をお読みになって下さい」と書いてあります。

 下の段は、戦争末期の東北地方の農村が舞台で、公民館で「やまなし」の児童劇を準備するところから始まる。そこに、突然、思想犯を特高の刑事が追いかけてきて射殺するという事件が起こる。そして、その特高の刑事もアメリカ?の戦闘機の空襲によって殺されてしまうのである。この場面は、カワセミに魚が食べられるところを連想させる?そして、作品の一番最後は、上下別々だった作品のコマが縦長のひとコマになり、「やまなし」の公演が休演なったという掲示がでているさびしい?感じの絵で終わる。なかなか実験的な作品だと思う。さすがは、手塚治虫さんだ。他の作品も是非読んでいたい。


 ところで、下の段には、「しかし・・・宮澤賢治の小説まで、時局にそぐわないから公演を中止せよだなんて まったく無茶ですよ 官憲は」とか「そうだ・・・本土決戦の時だから・・・芝居なんかにうつつをぬかす人間は必要ないんだとさ」などという台詞がある。これは、いわゆる「学校劇禁止の訓令」を連想させる(禁止ではないという意見もあるが、実質は)。これには、演劇教育に情熱を傾けていた宮沢賢治さんにも何らかの影響を与えたのではないかと手塚治虫さんは連想したに違いない。宮澤賢治の時代にはまだ戦争は始まっていまいけれど、世の中は少しずつ生きづらい時代になっていく。宮沢賢治は、教師を辞めて、「羅須地人協会」を設立し、教え子や青年有志をつのり、講義や音楽会など農村文化の創造となる活動を始めたが、大正末から昭和初期にかけての「学校劇禁止令の訓令」や労農党弾圧などの社会情勢や思想統制を背景に、官憲からの監視を気にし、「誤解を招いて済まない」と活動を縮小し、集会も不定期になったという。そして、次第に身体が衰弱し、発病し、「羅須地人協会」を閉鎖してしまう。そんな背景を念頭に手塚治虫さんはこのマンガを描いたのだろうと思うと、とても興味深い。

 下の新聞記事が、「誤解を招いて済まない」と思わせるきっかけになった記事であるといわれている。

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